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大津市長等2丁目の泉福寺で「一庭啓二 碑」の除幕式が、一庭啓二の命日の4月17日に行われました。

時代は幕末~明治初期。
一庭啓二(1844~1911)は大聖寺藩の石川嶂とともに琵琶湖初の木造蒸気船『一番丸』の就航に尽力し、一番丸の初代船長になった人。

昨年に一庭啓二が泉福寺の門徒だと分かり、碑を建てることになったそうです。

江戸時代以前の琵琶湖の水運は和船により運航されていたが、1869年(明治2年)3月、琵琶湖上ではじめての汽船(蒸気船)である「一番丸」が、大津 - 海津間に就航した。

同船は、大聖寺藩士の石川嶂の建議により計画されたものだが、当時は同藩が大津付近を統治しており物資や軍事輸送などに湖上輸送を活用していたことや、幕末の混乱にあたって大坂への西廻り航路の安定性への不安からの要請であったと考えられる。

この計画に対し、大津側では1867年(慶応3年)、同様に蒸気船の就航を考えていた大津百艘船仲間の一庭啓二(船屋太郎兵衛)が呼応し、ともに長崎で造船技術などを学んだ後、同地で雇った造船工とともに大津で船の建造をすすめた。なお、大聖寺藩は建造資金を出資するとともに大津汽船局(大聖寺藩用場)を設置したほか、一番丸の船長には一庭が就任している。


地図ではここ


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除幕式前。
緑のコーン横のところに「一庭啓二碑」があります。

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本堂では大津市歴史博物館館長と琵琶湖汽船社長の一庭啓二についてのお話しがありました。

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浜大津にある川口公園。
細長いこの公園は昔々お堀になっていて、「一番丸」はここで造られたみたい。


瀬田川・琵琶湖リバークルーズの「一番丸」は、ホームページによると初代「一番丸」を復元したもの、だそうです。

↓ツイッターより画像を拝借。現代の一番丸。



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泉福寺の住職さんと一庭啓二碑

石碑については新聞社のニュース記事になってます。
 LINK:木造蒸気船就航に尽力 一庭啓二ゆかりの大津の寺に石碑 : 京都新聞
 LINK:滋賀)琵琶湖に蒸気船の一庭啓二碑 大津の寺で除幕式:朝日新聞デジタル
 LINK:水運再興の業績たたえ記念碑 琵琶湖に汽船初就航、一庭啓二:滋賀:中日新聞(CHUNICHI Web)


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