おおつうしん けいじばん
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過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。


1694年10月14日(元禄7年)
前々日に大坂で客死した松尾芭蕉の遺骸が、遺言により木曾塚(義仲寺)に埋葬される 『芭蕉翁行状記』


1694年10月12日に大坂(大阪)で病死した松尾芭蕉
遺言により、遺骸は伏見を経て、翌13日に木曾塚(義仲寺)に到着。

10月14日の夜に木曾塚(義仲寺)の境内に埋葬されたそうです。

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木曾塚(義仲寺)

■松尾芭蕉死去

9月に奈良そして生駒暗峠を経て大坂へ赴いた。大坂行きの目的は、門人の之道と珍碩の二人が不仲となり、その間を取り持つためだった。当初は若い珍碩の家に留まり諭したが、彼は受け入れず失踪してしまった。

この心労が健康に障ったとも言われ、体調を崩した芭蕉は之道の家に移ったものの10日夜に発熱と頭痛を訴えた。20日には回復して俳席にも現れたが、29日夜に下痢が酷くなって伏し、容態は悪化の一途を辿った。

10月5日に御堂筋の花屋仁左衛門の貸座敷に移り、門人たちの看病を受けた。8日、「病中吟」と称して

    旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

を詠んだ。

この句が事実上最後の俳諧となるが、病の床で芭蕉は推敲し「なほかけ廻る夢心」や「枯野を廻るゆめ心」とすべきかと思案した。

10日には遺書を書いた。そして12日申の刻(午前4時頃)、松尾芭蕉は息を引き取った。

13日、遺骸は陸路で近江(滋賀県)の義仲寺に運ばれ、翌日には遺言に従って木曾義仲の墓の隣に葬られた。

焼香に駆けつけた門人は80名、300余名が会葬に来たという。




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石山駅前の松尾芭蕉像

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義仲寺 | 滋賀県観光情報
義仲寺:【大津e湖都市場(おおついいこといちば)】大津豆知識
1694年 - Wikipedia


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