2月9日【今日は何の日?】1978年 県教委が大津の宮跡を錦織地区と断定する




過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。

錦織二丁目の史跡近江大津宮錦織遺跡 第1地点

1978年2月9日(昭和53年)
県教委が大津宮跡を錦織地区と断定する 『朝日滋賀』

史跡近江大津宮錦織遺跡 第1地点

近江宮(おうみのみや)は、7世紀後半の天智天皇が営んだ宮。近江大津宮(おうみのおおつのみや)、大津宮(おおつのみや)とも呼称される。滋賀県大津市錦織の遺跡が近江大津宮の跡とされている。なお、本来の表記は水海大津宮(おうみのおおつのみや)であったという指摘がある。

667年旧暦3月19日、中大兄皇子は都を近江大津へ移した。その翌年(668年)1月、中大兄皇子は即位して天智天皇となった。日本で最初の律令法典となる近江令(おうみりょう)が制定されたともいわれ、称制実に7年にわたった。 なお、この遷都の理由はよく判っていないが、国外の脅威に対抗しうる政治体制を新たに構築するため、抵抗勢力の多い飛鳥から遠い大津を選んだとする説が有力である。

近江宮 – Wikipediaより


錦織二丁目の史跡近江大津宮錦織遺跡 第2地点

第9地点まであるのかな。

近江大津宮錦織遺跡を訪問された「Aべ」さんのウェブサイト。
LINK:近江大津宮錦織遺跡(おうみ おおつのみや にしこうり いせき)

関連リンク
近江宮 – Wikipedia
近江大津宮錦織遺跡|大津の文化財|大津市歴史博物館
近江大津宮錦織遺跡(滋賀県大津市):滋賀県観光情報
天智天皇と大津京 史跡と伝承|近江神宮
美しい日本の風景

その他の今日の出来事
1983年-上田上小学校講堂お別れ式
1984年-広域基幹林道牧・富川線が開通

おおつうしん けいじばん


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