過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。
現在の今井兼平の墓
1661年10月21日(寛文元年)
膳所藩主本多俊次が中ノ庄の墨黒谷に今井兼平の供養塔を立てる 『近江輿地志略』
1184年の粟津の戦いで木曾義仲と共に戦死した今井兼平。
その武勇をしのんだ膳所藩主の本多俊次が、中ノ庄の墨黒谷(すぐろ谷/秋葉台の茶臼山南方の谷?)に今井兼平の供養塔を立てた日。
1667年(寛文7年)に現在地の晴嵐2丁目へ墓を移設してます。
お墓の右側にあった石碑の日付は10月21日。
大津市教育委員会の案内板。
謡曲史跡保存会の案内板。
お墓の入り口の石碑。
鎮魂碑。
んー読め・・る・・ない・・。
お墓の敷地内には紹介してるもの以外にも石碑がたくさん。
そこそこ広いお墓ですが手入れはしっかりされていて、大切にされてるんだなと感じました。
関連リンク
■今井兼平の墓|歴史事典|大津市歴史博物館
■今井兼平の墓 | 滋賀県観光情報
■1661年 – Wikipedia
その他の今日の出来事
1972年-コミュニティ事業として、晴嵐会館が竣工する
1865年-検挙された膳所藩士のうち11名に死罪が命じられる(十一烈士)
1698年-膳所城主本多康慶が曽束村に繰り船の造り替えと渡し船の業務を命じる
1419年-伊香立庄の給主乗蓮坊兼宗が、葛川住人の下立山関の通行を許可する
1253年-「近衛家所領目録」に穴太庄・田上輪工(ろくろ師)が、近衛家が庄務権をもつ所として記載される
1213年-清水寺法師20余人が延暦寺におもむき、清水寺を同寺の末寺にしようとはかる
1019年-小一条院敦明親王が石山寺に参詣する
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