5月23日【今日は何の日?】762年 孝謙上皇が淳仁天皇と対立し、保良宮を出て平城京に戻る




おおつうしん けいじばん


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    過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。

    762年5月23日(天平宝寺6年)
    孝謙上皇が淳仁天皇と対立し、保良宮を出て平城京に戻る 続日本記

     孝謙上皇(第46代天皇)と淳仁天皇(第47代天皇)が道教を巡って対立し、共に保良宮を出て平城京に戻った日。その結果、淳仁天皇の都として造営途中だった「保良宮」は廃止になったそうです。

     保良宮のあった場所は特定されてませんが、石山付近の説が有力だそうです。他には須賀神社(長浜)、玉桂寺(信楽)、兵主神社(野洲)などが候補地みたい。

    保良宮 - Wikipediaより

     琵琶湖から流れ出す瀬田川右岸に位置し、滋賀県大津市の石山国分遺跡の周辺に比肩する説が有力。ここからは築地塀の跡や平城京と共通の天平宝字年間前後の瓦が出土しており関連した施設の跡であると考えられる。周辺には石山寺や近江国分寺、瀬田川対岸には近江国庁があり環境も整っており、国分2丁目には「へそ石」とよばれる保良宮の礎石の一つと伝えられている石が残っている。さらに関津遺跡の幅18メートルの道路跡も関連する遺跡であると考えられる。

     国分2丁目に「洞神社跡碑」と、宮の建物の礎石と言われている「へそ石」があるみたい。「へそ石」に関しては宮を造るための広大な平地が確保できない場所にあるので礎石としては疑わしいとのこと。

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    Googleストリートビューより。国分2丁目のへそ石

    「へそ石」の位置

    関連リンク
    新近江名所圖会 第35回 古代の石工の失敗作?-国分のへそ石- | 公益財団法人滋賀県文化財保護協会
    保良宮跡(へそ石)|歴史事典|大津市歴史博物館
    古代近江ウォーカー : 保良宮を求めて
    762年 - Wikipedia

    その他の今日の出来事
    1966年-大津市開発公社が大平山に石山団地の造成をはじめる
    1177年-延暦寺衆徒が伊豆国へ配流される途中の前天台座主明雲を粟津で奪い比叡山にもどる
    1126年-内膳司領粟津・橋本五ケ庄供御人に、殺生禁断令に関わりなく朝廷に魚貝等を貢進することを命じる
    986年-源信が延暦寺横川に念仏者の集団、二十五三昧会を結成する



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