10月24日【今日は何の日?】1095年 延暦寺衆徒が日吉社の神輿を奉じて強訴を行なう(神輿動座の始まり)




おおつうしん けいじばん


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過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。

1095年10月24日(嘉保2年)
美濃守源義綱を訴え、延暦寺衆徒が日吉社の神輿を奉じて入京、強訴する 『百錬抄』

美濃守の源義綱に円応という僧侶が殺されたことから、延暦寺衆徒が日吉社の神輿を押し立てて入京し、源義綱の流罪を要求する「強訴」が行なわれた日。

この日の強訴は、神輿を使って行われる『神輿動座・神輿振り』の始まりなんだそうです。

嘉保2年(1095年)、美濃の延暦寺荘園領を宣旨によって収公した際、寺側と小競り合いになり、1人の僧が矢に当たって死んだ。延暦寺・日吉神社はこれに怒り、強訴を行った。関白藤原師通は義綱の他に源頼治を派遣してこれを撃退したが、その際、矢が神輿神人に当たり、それが仏罰となって、数年後の師通の若死にをもたらしたとも言われている。

寺社の僧や僧兵、神人は、仏罰・神罰や武力を振りかざして、朝廷や幕府に対し自らの要求を通そうとした。

自分たちの寺社に関わる何らかの問題が発生した場合、僧兵たちは裹頭(かとう)と呼ばれる覆面をつけ、声色を変えた上で提起を行い、賛成のものは「尤も尤も」、反対のものは「謂われなし」と声を上げ、ひとたび決した議決には異論を差し挟まず即座に行動に出た。

特に「南都北嶺」と並び称された南都興福寺と比叡山延暦寺は強訴の常連で、興福寺は春日大社の神木(春日神木)、延暦寺は日吉大社の神輿などの「神威」をかざして洛中内裏に押し掛けて要求を行い、それが通らない時は、神木・神輿を御所の門前に放置し、政治機能を実質上停止させるなどの手段に出た。

神木を使う前者を「榊振り」、神輿を使う後者を「神輿振り」とも呼び、神輿振りは1095年の強訴が最初とされる。白河法皇は「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ朕が心にままならぬもの」という言葉を残しているが、これは延暦寺の強訴を嘆いての事である。

関連リンク
日吉大社 | 平安京の表鬼門鎮座 方除・厄除の大社 神仏霊場 滋賀県17番
1095年 – Wikipedia

その他の今日の出来事
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