10月29日【今日は何の日?】891年 円珍が没する




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過去の大津の【今日】の出来事を紹介します。

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絹本著色智証大師像(香川県金倉寺蔵、重要文化財)PD

891年10月29日(寛平3年)
円珍が没する 『唐房行履録』

園城寺(三井寺)が総本山である天台寺門宗の宗祖、円珍が後唐院にて78歳で入滅した日。

927年(延長5年)に、醍醐天皇から『智証大師』という諡号を贈られてます。

園城寺では毎年この日に『智証大師御祥忌法要』が執り行われているみたいです。

弘仁5年(814年)讃岐国(香川県)金倉郷に誕生。多度郡弘田郷の豪族・佐伯一門のひとり。俗姓は和気。字は遠塵。空海(弘法大師)の甥(もしくは姪の息子)にあたる。生誕地は善通寺から4kmほどのところ。幼少から経典になじみ、15歳(数え年、以下同)で比叡山に登り義真に師事、12年間の籠山行に入る。

承和12年(845年)役行者の後を慕い、大峯山・葛城山・熊野三山を巡礼し、修験道の発展に寄与する。承和13年(846年)延暦寺の学頭となる。仁寿3年(853年)新羅商人の船で入唐、途中で暴風に遭って台湾に漂着した。

天安2年(858年)唐商人の船で帰国。帰国後しばらく金倉寺に住み、寺の整備を行っていた模様。その後、比叡山の山王院に住し、貞観10年(868年)延暦寺第5代座主となり、園城寺(三井寺)を賜り、伝法灌頂の道場とした。後に、比叡山を山門派が占拠したため、園城寺は寺門派の拠点となる。

寛平3年(891年)入寂、享年78歳。三井寺には、円珍が感得したとされる「黄不動」「新羅明神像」等の美術品の他、円珍の手による文書が他数残されており、日本美術史上も注目される。

関連リンク
三井寺>教義の紹介>天台の教え>智証大師円珍の生涯
三井寺(天台寺門宗総本山園城寺)
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891年 – Wikipedia

その他の今日の出来事
1997年-北部地域文化センターの入館者100万人達成
1749年-葛川六か村(坂下・木戸口・中村・町居・貫井・細川)が朝鮮通信使の通行にともなう割付銀の免除を京都町奉行に願い出る
1071年-後三条天皇が初めて日吉社に行幸、このとき僧官が任命され天台座主が検校となるなど延暦寺との関係が強化される
803年-梵釈寺別当常騰が崇福寺の検校を兼ねる



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